取締役人事とエグゼクティブのキャリアアップ
株主総会ラッシュと取締役人事
6月下旬は例年、多くの企業が株主総会を行う時期です。株主総会で取締役人事が決まることにより、新しく取締役に昇進する、意欲の高いエグゼクティブが数多く、生み出されます。取締役に選ばれると、株主に代って経営を行うことになるため、責任が重くなるとともに、取締役会のメンバーとして戦略に関する意思決定ができるなど、大きな権限を行使できるからです。特に株式公開企業の取締役人事は、新聞で報道されるため、新しく昇進した人たちは、広い範囲の人からも祝福を受けることになります。
キャリアアップとしての取締役昇進
大きな権限を持てること、周囲から祝福されることから、取締役はステータスとして高い価値を持ちます。ビジネスパーソンとしてのキャリアアップの目標を取締役昇進に置く人も多数、存在します。そのため昇進を期待していたのにも関わらず、取締役に昇進できないと、それを理由として転職するケースが散見されます。東証一部上場企業において、期待していたのにも関わらず、取締役に昇進できなかったために、株主総会直後の時期に外資系の同業他社の社長にと声がかかり、転身した人、ベンチャー企業の創業者の参謀役としての招聘を受け入れた人などが存在します。このようにエグゼクティブのキャリアにとって、期待していた時期に取締役に昇進できるかどうかは、きわめて重要なターニングポイントになります。
取締役の責任と必要な能力
新しく取締役に昇進した場合、その責任を果たすことができるのか、周囲に対して期待される能力を兼ね備えていることを示す必要があります。取締役は株主総会で選任されるため、株主をはじめ多くのステークホルダーへの説明責任(アカウンタビリティー)を果たさなくてはなりませんし、能力としては、高いコンセプチュアル・スキル(本質追求能力)を持つことが求められます。
説明責任とは、実行責任(レスポンシビリティー)よりも高度な責任です。実行責任は、ビジネスパーソンであれば、誰にでも求められるものです。一方、説明責任はステークホルダーを納得させることが条件であるため、取締役以上ともなれば、特に問われる責任です。説明する対象者を納得させることができるだけの論理性と話術が必要になります。その論理性と話術の基礎となるのが、コンセプチュアル・スキルです。コンセプチュアル・スキルは事業や組織を俯瞰的に捉え、本質をつかむ能力であり、事業の判断や意思決定に不可欠です。問題解決能力といわれることがありますが、その場しのぎでの対処療法的な対応ではなく、物事を総合的、全体的に見ての価値判断や優先順位づけを含めた対応が求められるため、むしろ、本質追求能力であるといえます。
処世訓としてのピーターの法則
取締役に昇進するには十分な準備をしておくべきですが、事前準備にも関わらず、期待される責任を果たせない可能性もあります。そのために、処世訓として南カリフォルニア大学のピーター教授が主張する「ピーターの法則」を知っておくことは意義があります。
「ピーターの法則」とは「人は無能と評価される地位まで昇進して、その地位で昇進が止まる」という考え方です。実際に部長としては有能で評価が高かったものの、取締役に昇進後は評価されなくなるといったケースは存在します。取締役で昇進が止まり、仕事の成果を上げることができないと劣等感に悩むことになります。ピーター教授は、その状態を「終点到達症候群」と名付けています。「終点到達症候群」を避けるには昇進の可能性を無くすことが必要であり、具体的には変人ぶりを発揮すること、社内で一匹狼になること、といった対策も教えてくれています。この対策を「創造的無能のすすめ」と表現しています。
望ましいキャリアアップのあり方
ピーターの法則を紐解くまでもなく、エグゼクティブにとって性急な昇進は禁物です。またキャリアアップはステータスを求めることがすべてではありません。望ましいキャリアアップのあり方は「ワーク・エンゲイジメント」と「バーンアウト」という、対の概念となる2つのキーワードから考えることができます。
「ワーク・エンゲイジメント」とは、仕事に対する熱意と活力が揃った状態のことです。仕事の手応えと一定の余裕の両方を感じつつ、仕事をしている状態が「ワーク・エンゲイジメント」です。「バーンアウト」(燃え尽き症候群)との対比として説明されます。「バーンアウト」の状態で昇進してしまうこと、昇進後に「終点到達症候群」に陥り「バーンアウト」の状態になってしまうことは、避けるべきです。エグゼクティブとしてのキャリアアップは「ワーク・エンゲイジメント」をまず実現して、その成果としてステータスを求めていきたいところです。